大吉祥寺.pm 2025 で言えなかったこと #kichijojipm

この記事は、「吉祥寺.pmについての25個の小さな話、またはMagnolia.Kの雑記 Advent Calendar 2025」の 23 日目の記事です!よろしく!

adventar.org

わたしと吉祥寺.pm

今年あった 大吉祥寺.pm 2025 が初参加でした。

普段、関西にいる身として、関東の勉強会やコミュニティは、どうしても物理的な距離があります。なので、情報はもっぱらTwitterのタイムラインで拾うことが多いです。

そんなタイムラインの中で、昨年の大吉祥寺.pm 2024 関連の投稿は、非常に楽しさに満ち溢れており、遠く関西にいる身からしても羨望の眼差しを送っておりました。

これは、次回参加したい!なんとしてでもだ!という気持ちになっていました。そして、今回 LT で登壇させてもらいました。

参加したときのゆるふわ感想と登壇内容については別に書き留めているので、そちらを参考ください。

sizu.me

zenn.dev

そろそろ本題に向けて

ちょっと長くなってしまいましたが、本題に移っていきます。

まずはタイトル回収

「言えなかったこと」とありますが、鬱憤を晴らすとか暴露とかではなく、今回のプロポーザルで落ちた方の話について、少しまとめておこうと思ったのです。

落ちたプロポーザルは以下です。

fortee.jp

技術的な話ではなく、どちらかというとソフトな感じなやつです。

今回は、このプロポーザルの中でも「自分が言うべきなのか」というところに絞って書いておこうと思います。

 

「自分が言うべきなのか」とは

日頃、色んな人と関わり合いながら生きていくと、何かを伝えること・伝えられることは往々にして避けられません。

「あ、これについて、説明しておかないとなー」とか、

「〇〇さん、自分の話聞いてくれるかなー」とか、

いろいろ気になること、気にしておくべきことがあると思います。

そんな中、1つ押さえておきたいこととして、「伝える主体を客体から意識してきめられているかどうか」です。

 

つまりどういうことだってばよ

まず「伝える主体」というのは、簡単に言うと主語です。話す・伝えることを行うひとのことです。

一方、「客体」は、聞き手だけでなく、伝える内容や伝える目的も含みます。

なので、「誰が話し手としていいのかは、聞き手や内容、目的などに応じて決めているか」という意識を持っておくべきです。

 

たとえば、同じ内容でも誰に伝えるかに応じて、権限や役割上の構成から話し手がきまることがありますし、同じ言葉であっても、話し手が誰かに応じて意味合いが変わる可能性があります。具体的には、「20代の若手」と「50代のベテラン」がそれぞれ「キャリアについて相談がある」と言われると、意味合いが大きく異なりそうだなというのは容易に想像できるのではないでしょうか?

この事をふまえると、日々のコミュニケーションにおいて、そのコミュニケーションの先の状態や目的(To-Be)を考えることができます。そうすると、本当に自分がその事を言うべきかを一旦考えるきっかけになります。考えた結果として、自分の上司に代わりに言ってもらうことや、同じ考えを持っている人の中で適任者に代弁してもらうことなども取りうる選択肢にできます。

 

自分が考えたことであれば自分が言うべきというのはあるかもしれないですが、本当にそれが組織やチームにとって最善かどうかは立ち止まっていいと思います。往々にして、コミュニケーションの目的が相手に言うことで終わってしまっていることはあります。本当の目的である、その後の行動変容や結果につなげるには、自分以外の話し手という選択肢をとることも考えておきたいです。

まとめ

吉祥寺.pm の話でしたが、結果として落とされた方のプロポーザルの小出し記事になりました。

2026年の大吉祥寺.pmはまだ未定ですが、ぜひ次回も参加したいですね。

余談(追記)

そういえば、この記事の構成って、プロポーザル駆動学習の一環なんですよね。

プロポーザルを作成して、話のストーリーや内容を詰めていましたが、採択されなかったものは、このようにテキストにして、とりあえず出す(供養)ことができます。

なので、みなさんも次の大吉祥寺.pmのプロポーザル書こうぜ!!